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年末2008

師走は何かと忙しい中、本年はE.YAZAWAが無かったので、九段会館は鳥肌実中将の演説会にて大笑満点をさせて頂き、中野サンプラザにて秦基博のライブを堪能した次第であります。

鳥肌は今回は映像的な面白さは半減したような気もするが、トークは素晴らしい内容で時折、田母神元航空幕僚長の話題にも触れ、大笑いの中でも場内がシーンと沈黙する場面が何度かあった。これは氏が話している内容が大筋に的を得た内容であり、良識なる市民には真に響いた証左であると存じます。とはいえ相変わらずのシュールな下ネタも満載に、楽しくそして真面目に世相を切るパフォーマンスにただ感涙でありました。

このお笑い模様が所謂マスゴミというメディアに放送されない事に憂慮しなくてはなりませんな。

そして秦基博、いやぁこの方は歌が上手すぎます。最初は観客もうまく乗れてない感じが有りましたが、アンコールの「僕らをつなぐもの」と来春発売の新曲「朝が来る前に」。
アコギ1本で歌い上げるこの2曲のバラードを聞いている内に涙がボロボロ溢れ出てしまい止める事が出来ませんでした。プロアマ問わずライブにて人様の歌聞いて素直に感動はするものの、泣いた事等一度も無かったのでありますが、思わず歌声と歌詞にやられました。
流石です天才ですこの方。


と聖地北海道ヨリ風速25mの暴風に吹かれながら無電完了ス。通信状態悪し。全軍突撃敢行ス。

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囲む会

2日連続にてのツカオウを囲む会を開催頂き、ありがとうございました。2日目は軍勢としては14名と手勢でしたが各士官及び、婦女子率が素晴らしく高く、統率が取れた部隊であり、いやはや集まってくれて感謝であります。諸処においてタブー的発言の開放もありましたが無礼講にて(笑)

さて数年振にカラオケではありますが2日連続にて高音域を出しまくりました。昨日のカラオケは自分で言うのも何なんですが・・・ベストテイクの連発になりました。初日の元スーパーシンガーのKさんとのコラボから始まり、Tさん(元同僚既に勇退済)Mさんという最強の2名が初めて集いました。
本当に国内屈指のハイレベルカラオケであったと自他共に認める内容でありました。
GJGJGJ

ありがとうございまつた。

また皆様にお会い出来る事を楽しみにしております。

バンザイ

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ワレユウタイス

前ブログの開戦の12月8日から早12日。

職務以外の様々な案件等に忙殺されてまくり昨今でありましたが。

本日遂に5年余の猛戦を続行して来た職任務を完了し、退役に至った次第であります。丁度本ブログを始めた年の初月頃の入社でありましたから、正確には4年10ヶ月でしたが・・・。

まあ何でありましょうか。しいて言えば職務そのものよりも出会いが全てだったでしょうか。

大東亜戦争の国難が3年8ヶ月で終結でありましたから、これまた不謹慎でありますが、自分万歳であります。どういう例えでしょうか。。。ワラ
猛省イタシマス。

毎年敢闘してきた年次有給休暇の年度内使い切り殊勲ですが、何と本年は7日も残し、自らの不甲斐なさを感じはしましたが、後続にこれらの更なる打開を期待します。

最後に在らぬミスリードも些かございましたが、これで晴れて非労働者であります。
何度目でしょうか。 この不況下において輸出系の中核産業が粛清を行い始め、非正規社員を含め雇用問題が来年もますます悪化する形相ですが、自ら退役を選ぶという事が今はただ爽快であります。(すぐジリ貧でしょうか)

それにしても自動車産業も含めもう輸出産業に頼るというか、その枠組みを一度見直し、衰退の一途を辿る内需産業の復活に向けて予動した方がいいのではないでしょうか。本田のF1撤退を鑑みてそう思ってしまうのであります。日本は内需が伴えば食糧自給力も格段上がるであろうし、現実問題の少子高齢化にも対応できるのではないだろうか。
そう簡単には行かないだろうが、何かものの見方を常に変えていくとう面で考えれば「変」も違和感ないか。。。

ともかく自由人不労所得者の末席に小生が復活したのであります。
関係各位様 お世話になりました。

サクラサクラ

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12月8日

何やかんやで今深夜でありますが、時は2008年12月8日。


67年前の1941年(昭和16年)の12月8日(現地時間12月7日)未明にハワイ真珠湾攻撃の火蓋が切られた歴史的な日です。恐らく日本国有史上の最大の重要な日です。

数年前に小生がオアフ島のアリゾナ記念館を訪れた時も非常に晴天でしたが、あの抜ける様な青空から日本海軍攻撃隊が殺到してくる錯覚に陥った事が、今でも脳裏に焼きついております。

不謹慎ではありますが、歴史が相違なる方向へ導かれたとしたら、現世では真珠湾攻撃記念日と呼ばれていたやもしれません。
戦争は武器を持ってやるだけではありません。既に現世は情報戦争が勃発しております。洗脳は宗教だけではありません。自らの判断と意思で良識を見出して行かねばなりません。

転進の荷造りをしなければと思いつつ、開戦ラジオ放送を見つけ興奮する我でありました。
大日本帝国万歳 残冬8周年万歳

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本田 撤退!!!

衝撃が走りました。本田車には縁が有りませんが・・・・。
幼少時からのF1ファンとしては休止ではなく、撤退という決断が残念でなりません。

2006年のハンガリーでの本田39年振りのワークス優勝時の
「君が代」が表彰式に流れたあの感動の映像を昨日また見て感涙した次第であります。

ワークスが撤退となれば今後中長期で見たF1の存続にも関わる大問題であります。
08年シーズンのアグリチームの解散撤退も辛い事でしたが、本丸の本田F1チームが
同年にて同じ憂いに会うとは誠に慙愧の念に耐えません。

投機に発した景気低迷と販売台数等の直近な損失云々も理由として述べておりましたが
やはり、大手自動車企業としては戦略上懸命なご判断である事もまた事実であるのでしょうか。
会社がブッつぶれればF1なんてやってらんねー。つうのも分かるんだが・・・。

だが創業者である本田宗一郎さんはこの状況下でも継続と言い切ってくれるような気がしてならない。これを受け、トロロッソのテスト中である佐藤琢磨選手が要らぬ余波を受けないか気がかりである。

ありがとうホンダ

トヨタ頑張れや

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国籍法改正案について続

殆どこの話題TVではやらないけど、ニュース23が取り上げましたね。
結果は案の上ですが。。。

良識サイド側(中道的な方も多く含)からは悪法として名高いものの
一般的にはもう粛々と可決そして明日成立との流れ。

様々なご意見はあって然るべきだが、審議も間々ならず先の衆議院にても速攻通過
そして参院でのガス抜きのよう付帯検討案付き。

そもそもどう簡単に考えても、DNA鑑定位は必要であろうよ。
何でもありだなこうなれば。
法として施行された暁には、胡散臭い輩の認知も横行する可能性大ですな。
今でも起こっている問題であるし。

ニュースでは一連のフィリピン国籍の両親に生まれたお子様の話題を大きく扱っている。
このフィリピン人は旅券偽造で不法入国し、その最中で子供が日本で生まれた。
子供は日本で生まれ育ち、日本語しか話せないフィリピン人である。

無論、両親は入管法違反で逮捕され有罪となり、一家に退去強制命令が発令中であり
裁判も敗訴している。もうどうしようもない状態であります。
だが子供にまったく罪が無い為、両親の罪は別とし、人道的見地から
法務大臣の権限による、在留特別許可の嘆願を求めている。

子供は日本で育ったのであるから、正直まったく罪は無い。
同情も多いだろうし、小生もそう同調したく存じる。

しかし、だ!それを認めてしまうと収拾がつかない事になるであろう。
両親が不法入国であるこの事実は相当重いものであります。
子供が何ら罪が無いが、一番不幸にしているのは誰でもない親だ。

日本は難民に対し冷たいとか、実際の日本人がやらない仕事を外国人が
引き受けている等意見もあるが、全てを混同してはいけないのである。
子供に在留許可を与える事は=不法入国を追認する事だ。

有り得ない

【泣いて馬謖を斬る】(久しぶりに使ったござんすワラ)の断腸の裁断を下すべきである。

母国フィリピンにてのご発展を祈念する事が良識であろう。
支援者団体等は日本でのその後より、帰国その後の生活をサポートする事の方が
得策であるでしょう。

とは言っても在留特別許可の決断が保留になっているから年明けに許可が下りるなーんて
結果もあるかなー。

残冬見解 
遺憾であります。

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樋口 宗孝氏 逝く

樋口 宗孝さん(ひぐち・むねたか=ロックバンド「ラウドネス」のドラマー、音楽プロデューサー)30日午前10時44分、肝細胞がんのため大阪市の病院で死去、49歳。-引用

ひぐっつぁんこと、ラウドネスの名ドラマー樋口 宗孝氏が他界された。

正直ラウドネス世代では無いのであるが、名曲は無論、洋ドラム叩きの小生としては、カバーさせて頂いた事は真に誉であります。クレイジードクターが上手く叩けなかった自分の幼少時代が今浮かんできます。

あの独特のワンバスドラムはやはり他を凌駕していた事は間違いないでしょうし、好き嫌いは分かれるやもしれませんが、美味いラーメン屋は何処だみないな・・・もんと同じだべ。

ともかく惜しい方が逝かれました。

偉大なバンド、ラウドネスの歴史は余りに輝かしいので、一応述べよう。

最近の米国の有名雑誌特集にて「ロックバンド国際部門トップ100」というのが発表されており、日本で唯一ラウドネスがランクインしている事も凄い事。

ビルボード全米ヒットチャート(フルレンスアルバム)としては、初登場64位(1986年)という記録を打ち立て、日本人バンドはおろか日本人アーティスト全体で持ってしても、ラウドネスだけの金字塔であり20年以上経った今も他の日本人には破られていない。

更にロックの殿堂マディソン・スクエア・ガーデンのステージに立った初めての日本人アーティストもラウドネスという本当に凄いバンドであったのであります。鳥肌中将もびつくりです。

無論80年代のジャパメタの牽引であるし、全盛期を知らない小生としても、改めてラウドネスの偉大さと、その屋台骨であった名ドラマーの訃報を聞きただ残念でなりませんが、心からご冥福をお祈り致します。

スペシャー~
LOUDNESS ~ in Europe1984 / CRAZY DOCTOR

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