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キャンプ五

で年内打ち止めであります。キャンプ場はPICA富士吉田。あいにくの曇りだったが、日本人の心!!霊峰富士が出迎えてくれる。うーんやはり富士山さんは雪が積もってこそ美しい。

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キャンプ場は既に白銀の世界であり、且つ自前の雪中備品等も無い事から、安かったので今回はあっさりパオ宿泊。いやはや中は思った程暖かく、快適だ。テントは設営やら何やらでチェックインしてからは案外時間がかかるので、1泊で行くと「あれもう夕方!!あれま!もう撤収かい!!」とドサ周り感が大であるが、殆ど準備がないのは本当に楽チンではある。まあでもテントを設営したりタープ立てたりとこれがまた格別楽しいのです。現在のピット作業はテント設営10分、タープは2分と15分以内の設営は出来るようになったので(あくまで2人用ですが・・・)、来季は更なる精進を重ねる次第であります。

パオは落ち着きます。暖かいので早速カメムシ(ヘッタレ虫)がお出まししたが、室内での狙撃は回避し、レースから除外。それ以降は更に快適に。チンギスハーンよ!そして遊牧の民よ!流石です。
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しかしながら夜は極寒であります。BBQを外でやってはみたが、持ちこたえれず撤収。朝は炊事場の水が勢いよく流れているので、誰だよこんなに水出しっぱなしで!!と思って止めようとしたら、凍っておりました!!北海道とあんまり寒さが変わらないなあと感じた次第であります。
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今後は冬アイテムの充実を図らねばなりません。シュラフも冬季専用、ストーブも必要だし、且つエコを推進して行かなくてなりません。と考えながら今期キャンプ陸戦活動は終了!!
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鳥肌

b0007619_170368.gif中将の12/22九段奉納演説に行ってマイリマシタ。相変わらずの満員御礼の勢いの中、本年の締めくくりに相応しい、凄まじい玉砕爆笑の中に身を置けた事に感涙であります。今回は席がパイプ臨時を抜かし先頭席でしたので、氏のポマードの匂いが空調の流れで時折、してくる程壇上からの至近であり、且つ登場の際は「聯隊軍旗」を大手に降っての行進で非常に高揚した次第であります。

やはり至近な為か迫力が違います。素晴らしい相変わらずの下あり、歌ありで本当に、レッドカーペットにこのまま何とか出演して欲しいものでつ。

まあ絶対全体有り得ない事なので、氏がTV等の電波に乗る事は・・・・。

気になる?武道館での公演の可能性ですが、全部脱いじゃうから駄目であり、思想とかでない
との事です。近い将来実現の可能性も示唆した事になるのかと個人的には期待が膨らみます。九段では4連続満員ですが武道館3DAYSとかは現時点では難しいでしょうワラ。

いやー最後のフィルムでのJR信●町での軽街宣車での突撃敢行街頭演説は、大爆笑の渦から這い上げれない程の大笑でありました。

実際問題として、氏の言っている事(ネタ)は考えさせられる、内容も多く、特に最近の●●ネタは磨きがかかっており、大丈夫なのでしょうか?と思ってしまいますが、●●会は一昔前よりはご寛容な大人の対応に変わってきているでしょうか。 まあ後に続く同ジャンルの方が殆ど皆無の現状を考えるに、この亡国日本で“タブーなネタは一切なし”でガチでやれると言うことは本当に凄い事です。

引き続き残冬として鋭意応援します。

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永ちゃん

101回目の武道館へ行ってきた。残矢沢会としては七回目の記念の行事となり、大艦巨砲主義の漲るいつもの猛者が終結致しました。去年やっていたかどうかは忘れたが入場口でアルコール検査をやっていて皆係員に息を吹きかけていました。 

係のバイト?の方々は屈強な感じの人が多かったのですが、網にかかるというかベロンベロンの人も少なからず居て検挙されていたので、やはり永ちゃんのライブにはこのような対策が他のアーティストとよりは必要なのだろうか。

ライブはというと今年は久しぶりの良席で、昔のナンバーも多く、完全燃焼でありました。残冬諸氏も満足されておりました。それにしても武道館の季節が毎年早いように感じられてしまうのであります。

翌日は友人の引越しの残務処理を執り行いましたが、ライブの疲れもあるのか腰が調子悪く、TVを持った際に少し我腰損傷!!毎年寒くなるとボード及びスキーにて何度も打ちつけ、負傷している腰、肩、手首そして首が疼いて痛んでくるのですが、最近は度合いが増してきておりますなー。爺ちゃん婆ちゃんと大して変わらないのであります。。。

さておき六本木にて以前本ブログでも紹介した、一押しのスーパーボーカリスト/シンガーソングライターの秦基博のJ-WAVEの公開録音ライブに行ってきた。

この前行ったヒルズ展望台でのスペースにて5曲のみだったが、秦基博
やばい!!!


サビのハイトーンが伸びる伸びる♪♪♪♪♪
声が広がったままで果てしなく広がるこの声!!!脱帽でつ。
CD(録音)の音でも凄いんだが、生声はハンパではない!!! 現在の日本のPOPS男性ボーカルの中では待ちに待った待望のボーカリストであります。

JーWAVEで本日12/22 15時から昨日のライブの録音が聞けるとの事なので、興味のある方は聞くべし!!であります。


この勢いで本年残冬ライブイベントのラストは

聖地九段会館 鳥肌実中将であります。

 

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六本木ヒルズに

b0007619_142169.jpg初めて行って来た。森タワーの52階の展望台東京シティービューでのMISIAのアフリカでの写真展も無料でやっているのと、25時まで営業だという事でついでに行った感が否めないが、残冬駐屯地から六本木まで、行=首都高使って25分程、帰=下道で50分程といやー都内の道路も週末はスカスカでスイスイであります。※六本木周辺はタクシーガツガツ、その筋系車、パトカーのオンパレードでヒルズのP1駐車場入城までの若干の時間は別途かかります。

ヒルズと言えば回転ドアの事故とホリエモン逮捕連行位しかイメージなかったが、いやー無駄に広い、そして人多いね!!流石土曜。
耳抜きをしながら52階に上がり、360度のパノラマ夜景は確かに絶品!!と言いたいところだが・・・・。

入場料1500円!!!高いよ!
事前にファミマで前売り買ってったから300円だけ得したが。。。でも高い!!まあ25時まで営業しててあれだけ警備員やらスタッフやら何たら人使ってるから、高いか!!海抜250Mってことで東京タワーを見下ろせるので、景色はいいんでないがい。

でも東京タワーは150Mまでは820円(それより上は+600円)だし、どっちかと言うと東京タワーの方が哀愁があっていいと個人的に断定します。
皆様夜景に見とれているから、MISIAのファンでもない方はアフリカの写真等には目もくれない
のが、しかたないとは思うが残念に思ふ。まあしゃーないわあの雰囲気なら。

そんな夜景だが、人様の「わぁ綺麗!!!素敵ーっ!!」という歓声を他所に、小生まったく都会の夜景に感動が無いのである。

ただし、長崎の稲佐山と函館山の夜景は確かに日本三大夜景と言われる程綺麗であった為例外とするが、都会はLEDの普及によりけりなのかもしれないが、世界的にも大都市は光害の元凶である。特に東京は無駄な電飾が多く、誰でも知っているとおりまったく星が見えない・・・・。

自分がトラック島で見たサザンクロスが輝く、満天の夜空とマウイ島で見た、大星雲は、今まで見た事のない位凄まじい、天然のプラネタリウムだった!!本来星空はそう見えるものなんだろうけど。。。

そんなマウイでさえ街の明かりが邪魔して、星が見えにくい時もあったり、聖地北海道の田舎で
さえ、烏賊釣り漁船の漁火が原因と見られる光害で、影響を受けていたりと以外に日本も満天箇所は少ないようだ。

最近はLEDの普及等で幾分、状況はよくなってくるとは思うのだが、やはり節約が大事であります。とにかくだ、ガキのうちから星を眺めればお空に満天の星!!!そんな世界が本当はいいでないがい。エコだべなやっぱりと改めて思いましたです。はい

そんな都会の光害の事を考え、夜景で素敵になれなかった自分を助けてくれたのが、京とうふ藤野の豆乳パッフェ!!!なまらうまいっす。ヒルズに行ったら豆乳白玉パフェだな。

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高円寺 麺処 田ぶし横浜店本日OPEN!!!!!!!

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高円寺では有名店である「田ぶし」で腕を奮っていた、知人がこの度、12/3に東急東横線 反町駅から徒歩すぐのところに暖簾分けで独立し店を開いた。

まずは夢が形となって、誠におめでとうございます。

早速、先がけてOPEN前に食べさせてもらいに行ってきた。

うーん味はやはり美味い!!調子をこいてつけ麺も、チャーシュー丼も全部食べつくした。

美味い!!!なまら美味い!!

そして支那竹はいつもながら大きく、これまで食べた支那竹で1番美味い!!穂先メンマといわれるものだそうだ。 スープもアゴのダシが聞いて、程よく醤油ベースとブレンドされ、女性にも
子供も飽きられず食べれる。 しっかりした濃そうな見た目とは違い、本当にあっさりしている。

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まあラーメンの好き嫌いはそれぞれ様々だが、これは本当に美味しいのでまずは是非一度ご堪能あれ!!  


●麺処 田ぶし 横浜店
横浜市神奈川区反町1-5-12
東急東横線 反町駅徒歩1分位
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軍歴証明書

※日本における軍歴証明書は、主に太平洋戦争に従軍した陸軍・海軍の元将兵について記録した文書であり、主に恩給や保障を受ける際の証明などを目的として本人または3親等以内の親族に対して発行している-ウィキペディア引用

元来、太平洋戦争の戦史探究を残冬の主眼としているくせに、長年放りっぱなしのテーマがあった。私の祖父の軍籍についてである。誰しも家族や親戚に何となく伝え聞いた事があると思うが・・・。祖父は私が8歳の時に他界した。その後年、写真整理か何かで一度だけ、軍隊時代の写真を見た事があったが、当時はまったく関心がなく、はるか昔のお話としか感じていなかった。家族も「中国で負傷したとか何たら」位しか知らなかったようだ。

今夏、聖地帰道の際、祖母にふと尋ねてみたところ、「じいちゃんの写真とか何たらは捨てたかも」とびっくりな発言!!どうやら家を建て直した際に色々捨てたらしい。。。。

それでも自分の部屋をガサ入れしてくれて、数枚の軍隊時代の写真が押入れの奥地から数枚見つかった。陸軍所属で中国で負傷して、教官になって内地で終戦で、引き揚げ船が攻撃されて云々と大昔の記憶を大雑把に語る祖母。

当時の写真屋でも修正技術があり、皆晴れがましい時は、自分の写真を加工してもらったらしく、祖父の出征時の写真等も超カッコいい、まさにプロマイド写真である!!
しばらく見とれていると、軍服の襟元に26と数字がある事に気づいた。

この26をヒントに、北海道道庁(関東等は無論厚生労働省所管)充てに軍歴を紹介してもらえる事を知り、それも3親等内と聞き、おうこれはやべー時間が以外に無いと、手続きを開始したのであった。

11月、残冬ライフワークを駆使し、わずか80円(返送の切手代金)で発行された祖父の軍歴詳細(他府県等では有料の場合有)を孫として遺族として受け取った。
それを元に文献及び史実を可能な限り調べ、整合性を取り、軍歴で詳細不明な箇所の穴埋めをし、予めスキャンしておいた祖父の写真を盛込み、1冊の歴史本(従軍記録)が製本されここに完成した。

1ヶ月以上の時間を要したが、本として祖母が元気で居るうちに渡せて本当に良かった。
予算の都合で、字が小さいのが難点ではあるが、まあ祖母もとても喜んでくれた事が何よりだった。
祖父が仮に健在であれば御歳92歳にあって自分に何かを語ってくれていたやもしれないが、数枚の写真と軍歴の中で、十二分に孫に語りかけてくれたような気がしました。

歴史で見れば、日本史の教科書で最後の何ページかで終わってしまう、実にあっけない白黒写真のページも、その時代に生きた、個人それぞれに光りを当ててこそ、真実が見えてくるのである。19歳で志願兵として極寒の時期、陸軍第七師団歩兵第26連隊へ入隊し、29歳で終戦を迎えた祖父。激戦での奇跡に何度か救われたからこそ、父が生まれ、孫の自分がこうしていると思うと、何か感慨深いものである。そしてそのような幾多の奇跡はどこの家の身近な先祖様も体験なさっているのであります。 歴史は身近にあったのである。

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