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カテゴリ:日記、コラム等( 110 )

「NEWS ZERO」で言った

星野野球五輪監督のコメントは当たり前であります。☆☆☆

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車庫入れ

愛機ラフェ号。スタッドで今少し、ローダウンがUPしているんだが、そんなの関係がないのだが・・・。違う場所での車庫入れの際、うちのエースがガッチャリやってしまった。。。

ぐすん。。。。
修理費が高くつくな。。傷心

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突風!!

b0007619_13231196.jpg昨日からの春一番!?北風の猛風が都内を直撃している際、我も哨戒任務についていた。
オートジャイロで警戒を厳にしながらも(少なくともイージス艦あたごよりは)、第二戦闘配備にて通行するも、猛風は砂塵を拾い、そして黄砂も拾い、なお我に肉薄す。敵機(風)の猛攻が俄然威力を増し、今度は缶とビンのゴミ捨て用の区のプラスティックの容器が飛んでくる。
これを蹴散らし、事なきを得たが、ラストは猛風45雷撃機の魚雷が閃光とかし迫る!間一髪!直撃を免れるも、我被弾す・・・。
ジャイロ機・・・・航行に支障無し、損害軽微ナリ
見張り下士官(写真1名)負傷。いやー凄い風だな。

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<サッカー>日本1-0中国

酷い試合である。日本代表はこんな東亜開催の試合なんぞ出なくていいと思ふ。怪我人続出であり、審判は北朝鮮だし、メッタックタな試合だった。勝ったからいいと言う訳にも行かない!!!それにしてもTBSの放送内容も相変わらずなもんだ。「ブーイングというより中国への大声援が多いですねー」とか「マナーがいいですね今日は」と冷静な精神下に置いては頼まれても言いたくない発言を連発していたが、言わされてるのか何なのかは知らんが、結果発炎筒は焚くし。ペットボトルが飛んできて、ブーイングのボルテージは最高潮で全部ノーマネーで帳消しだったな。
五輪に絡んでの大スポンサー様のご意向も大きく左右しているのではあろうが、いやーあんな試合ボイコットあるのみである。五輪が思いやられる。

痛みに堪えて今日のプロレスによく頑張った。楢崎良かった、鈴木もっと行ったれ!!
以上

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ガンジャマンゲーム

久々にやったらやぱーり面白いガンジャマンゲーム

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パスポート(旅券)を更新

98年に北海道で作ったパスポートが期限間近になったので、更新に行ってきた。今回も無論10年用である。若い時という表現が似合うお年になってしまったが、一番太っていた時は入国審査官に笑われた事もある程、写真とロン毛風貌の違いに、最近切なかったので、まずは更新出来て良しとしよう。
それにしても数年事にバージョンアップしているパスポートであるが、まず値段も当時より2000円もUPしているし、アメリカからの圧でICチップ入りカード付き旅券になってしまったので今までのような扱いも出来なくなった。

アメリカ入国に際して何か変わったのか?審査が迅速になったのか?と思いきや、相変わらず両指の指紋採取と写真撮影はやるようであるので、それならICチップ内に予め入れて欲しいと思次第である。指紋採取も読取の機械が皆の手垢とかで、もう殆ど何回やってもエラーになってる人も居たりと、ラウンドワンのメダル払い出し機の方がまだ性能がいいのではないだろうか。結局、テロ以降本当に面倒になったという事だ。

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それにしても済パスポートにはお世話になった。成田から日本を17回出国し査証取得回数8回、東南アジア出入国回数17回、訪問国数18ヶ国と残りページ数15/42ページの空欄を残し任務を終えた。
沢山の国の出入国スタンプと査証で、大使館での査証欄の増補をしたベテラン旅人達のパスポートを見る度に、「もっともっと海外を周るぞーっ」といきがっていた頃と旅先での様々な思い出がこの一冊に凝縮されております。写真とはまた違う感慨であります。査証欄の増補達成は出来なかったが、新パスポートでは頑張ってみようかなと意気込んでおります。

旅行形態はバックパッカーが主軸でやってきたが、まだまだ若いので、色んなところへ行きたくなってきやした。夫婦でチャリンコで10年かけて、未だに旅行している人、リヤカーで僻地を旅する人等、日本人旅行者は決してお得意のツアー観光だけが主でない。
まずは後先の事を全部考え捨てて、お金だけは・・・何とかして近い将来必ず世界一周に出かける事にしよう。行ける時に行かないとね。
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訃報

本当に突然であり正直信じれない事ではありますが・・・。本残冬ブログにコメントを度々頂き、
真に文才であり、リンクもして頂いておりました。 「眠らない街」の劉健一氏が2月11日他界されました。。。。

一緒にボードにも行きましたね。

川にも飛び込みましたね。

ダ・ヴィンチ・コードの小説も貸してくれましたね。

非常に鬼才、文才であり、劉さんのブログはとても楽しくわくわく読ませてもらってました。たまに話す時はいつも小生が「ブログ更新まだー?」というと「いやあ中々忙しくて・・・でも書きますよスペイン話」と笑顔を見せていたのが、印象に残ります。

近々タイへ行くと伺っており、小生もアジアロードを昔周っていた事から、タイの話を最近一緒にしておりました。6月に渡航を延期したと話した時の非常に寂しそうな顔が、今思い浮かびます。これが数日前ではありますが、最後の直接の会話になってしまいました。

心から哀惜申し上げ、謹んで御冥福をお祈り致します。

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2月7日は北方領土の日

2日も過ぎたが・・・毎年2月7日は北方領土の日ですって!!誰も知らないし、祝日でもないし自分も知らなかった。。。。そもそも2月11日が何のお休みかも知らない輩も居そうな現在において北方領土って言われても???てな感じですな。

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自分の北海道時代もにおいても、幼少期によく共産党とかが「日本固有の領土を返せー」と叫んでいたり日教組かぶれの学校の先生が何でか狂乱していたような気がする位が記憶にはある。

旧ソ連が中立条約を破ってドサクサに攻め込んで来て、勝手に支配中のまま。日本の領土なのに実際この近海の領域を越えてカニ漁とかホッケ漁とかすると拿捕されるのである。

最近もロシア警備隊に銃撃され、漁師さんが亡くなり、残りの方は拿捕されたニュースが記憶にあるが、本当に国民は関心がないし、国も形式上な抗議のみになってきた感がある。
やはりここは日本の固有の領土として確かな島々であるし、63年以上経ったが、風化させる事なく今一度抗議をロシアに対し強くし、そして返還を求めるべきであると思う。

あんな寒そうな所、要らないと思うかもしれないが、昔近所の漁師さん等が言っていたがあの支配ラインを越えると、海産物が豊富で、だから皆ラインを越えて行って漁をするのであると。メリット面からみると、万が一、将来返還され自然を生かした開発をすれば、知床以上の逸材地になるし、温泉も出てるって言うし、地震の心配はどこでもあるからしてしょうがないからほっといたとしても有り余る恩恵があるのではなかろうか。

日本地図にはしっかり日本の領土として掲載されているが、行けない場所、北方領土。

竹島も尖閣もそうだが、ここだけはまず最初に話を着けてもらいたいもんである。洞爺湖でサミットせっかくやるんだから、プーチンとガチでやってもらいたいとこだが・・・。石油で潤っているロシアが話しを聞いてくれなさそうだし、平和条約も締結していない国だし、シャラポアもボール打ち返す時うるさいし。まあ無理だな。

因みに2月8日はロカビリーの日でした。
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ギョーザ

b0007619_16473494.jpg昔はアジノモトのギョウザをサミットでよく買って食べてた。しかし冷凍食品はマクロビオティックにハマッテいた1年前に殆ど辞めた。引っ越してスーパーが遠くなった事も要因でもあるが。
ギョーザは手作りが一番。ビールと合うギョウザは、自分で具材を皮に詰め込んで食うのが一番。自分で作ると本当に美味いのであります。そんな折のJT系列の毒ギョーザ事件は震撼である。まだ見えてきていない全貌であるが、初動の該当ギョーザを食べないでくださいと一斉にTVで報道したメディアの姿勢までは良かったが。。。

現在は・・・というと中国で何者かに作為的に混入されたような可能性も示唆しながらも、国内での混入も否定出来ないとも感じ取れる内容の報道も一部ある。残冬見解としては、中国国内の工場での何らかの意図的混入であるのでは?という内容を全面的に支持する。

まずは警察の捜査班が中国の現場に赴いて徹底調査をするようにすべきであるし、それが当然である。ただ日本の常識などが通じる相手ではない事は明白だが、五輪も控えているので中国も火消しに躍起になっているものと思う。

まあ今回だけの事に限らず、全ての輸入を中国に依存している度が強い、日本は今後も必ず
このような状況下に置かれるのは必至である。喉元過ぎれば忘れる国民性を持つ日本ではあるが、ギョーザに限らず、皆が対中製品には警戒を厳にすべきであろう。だが全てが悪い訳ではないだろうし、今更全部否定なんで出来ない程、生活は中国製品に支えられている現状なので、一定の見極めが大事なのである。

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北海道08冬ツアー②

【帰路の際】
北海道からのお土産と言えばご存知!「白い恋人」。石屋製菓が起こした一連の賞味期限改ざん等の問題にて生産中止になっていたが、昨年11末頃より販売も再開していた。値段の手頃感やパッケージが色々豊富でお土産としては、必需品ではあったので今回、自ら食べる分と土産として大量に買っていこうと思っていたら・・・。千歳にまったく無い!!一売店が欠品しているとばっかり思って、次々に店を巡れどどこの棚も完全売切れ!!!。

永らく休止していたのが、逆に良かったのか?と思う程の大盛況である。買えない人が殆どだったのではないだろうか。前はあんなに陳列していたのに・・・・。六花亭と柳月と北菓楼はいつもの通り買えるのだが、白い恋人が、これほどまでに恋しいとは!

結局手頃なんで皆、大量に買い込んで欠品続出。生産がまったく追いつかないのです。他のお菓子メーカーも前述の通り名門揃いで、遜色はないが、値段と生産力となるとやはり石屋製菓強しという事を再認識した次第であります。今後は教訓を生かし、いつもように北海道のお土産代名詞として頑張って欲しいです。つうか食いたいんだけど。。。ネットでも殆ど買えねー。

【第七師団の事】
旭川に1日だけ奇襲敢行しに行ったのは何も旭山動物園がメインではない。昨年末製作した祖父の従軍記録本のその後のルーツ調査が残冬主眼であったのである。

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旭川には昔1度だけ行った事はあったが、歴史なんて関係ないお年頃で無関心でありました為記憶なし。改めまして訪問であります。かつて軍都旭川と呼ばれたこの街には今も陸上自衛隊第2師団の駐屯地があり、司令部等は旧陸軍第七師団の跡地と同じである。大きく整備された軍用道路は今の国道であり、基地の向かえは北海道の靖国とも言うべき、護国神社が悠然と構えている。まさに軍事都市である。
まず駐屯地内に併設しており、昨年OPENしたばかりの北鎮記念館を見学。記念館は北海道の防衛と開拓に携わった屯田兵や旧陸軍第七師団の歴史や現時の陸上自衛隊第2師団のサマワでの活動等、貴重な資料が2,500点以上もあり見応え度150%。そして残冬軍をサポートしていただいた第2師団の陸曹さんと情報を交換し、任務を一先ずは終えた。極寒のこの地において、歴史は今も脈絡と受け継がれいる事に感涙である。だだ現在の駐屯地は昔の師団基地の4分の1あるか無いかの敷地面積であり、祖父の居た歩兵連隊第26聯隊の庁舎は既に学校と住宅になっていた。結果として跡形も何もないのが、少し寂しい気もしたが、それが歴史の風化というか長さなのかなと。しかしながらそのフロンティア精神は今も生きてると確信し、またまた感涙を覚え旭川を後にしたのである。

※でも旭川ラーメンが・・・2連敗にて玉砕でありました。
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