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常夏のハワイ~③ 真珠湾編

b0007619_22225212.jpgダイヤモンドヘッドに登り、ハナウマ湾に行って買物してと、オアフ島を満喫していたが遂に残冬として向き合うべく、65年近く前に日本が奇襲攻撃をした真珠湾へザ・バス(2ドル)20番にて一路向かう。約1時間30分の移動を経てUSS Arizona Memoria ビジターセンターへ付く、入場は無料、寄付金を受付ている。小生は10ドル強をご寄付させて頂く。1000円とかも入っていて日本人も来場する方は一応多いのかと思ったが・・・。施設は入ってすぐ博物館になっており1~24程の順路に沿って見学し、その後戦艦アリゾナが眠る記念館へ船で渡る流れだ。船に乗るまでに待たされるので日本語翻訳のイヤホンを借り(5ドル)館内を巡る。
今更経緯等は割愛するが日本が陸軍主導の軍部の独断先行にて中国への侵略を重ね~三国同盟そして奇襲へと繋がる流れが紹介されている。真珠湾攻撃を担った旧日本海軍の雷撃機が投下した実物の酸素魚雷や両国の提督の写真、そして旗艦空母赤城の模型もあった。真珠湾攻撃隊長の淵田美津雄中佐が何度も放った「トラ・トラ・トラ……」の無電も掲げられてた。攻撃による犠牲者数は日米軍人2,404名、民間人48名併せて2,452名(記念館記録より)。このうち1,177名がアリゾナの乗組員で、1,102柱の霊は今も艦とともに海底に眠っている。この事実を考えると感慨深いものがある。

乗船直前に記録映画を見て船へ、洋上のメモリアルが近づくに連れて、水面を走る雷跡が見えるような錯覚が目に浮かんでは消えた。戦艦アリゾナは先のハワイの豪雨にて若干その艦影は朧気であり、且つ乗組員と艦の上に自分が立つ事がどうしても憚られる気がし重苦しかった。そして何とか合掌を捧げた。翻訳機のナレーションからブッシュパパの言葉が最後にこのように聞こえてきた。「我々はこの戦争に時には傷つきながらも勝利した。しかしその事で誰も恨んでいないし憎んでもいない」。「彼らを我々の資本主義の理念にて見事再興させ導いたのである」・・・。その通りかもしれない。アメリカ人にとっては太平洋戦争唯一の屈辱的敗北の地であり、出発そして勝利の地である真珠湾。この日も愛国心を胸に多くのアメリカ人がここを訪れていた。日本人は自分達を含め極少であり、肩身の狭い思いもしたが、前出の淵田美津雄中佐が戦後アメリカに移り住みクリスチャンになったと書いてくれていたので少しほっとした。

しかしながら今もってここは当時と変わりなくアメリカ艦隊の最大の母港であり現役の艦船が多数停泊している。真珠湾~横須賀を経由した多くの艦船がイラク等へ向かい作戦に参加している。そして誠に残念である事は一つ。犠牲者に兵隊も民間人もくそもない事は重々承知している。敢えて物申したいが博物館には記録としてもイヤホンでも48名の民間人が犠牲になった事は書かれている。日米開戦への経緯も詳しく述べている。だがキノコ雲が立ち昇った広島・長崎にて数十万の罪なき民間人が無差別に犠牲になった事には一切言及していない。この真実を知る事もアメリカ人にも必要ではないだろうか。今尚続く悲劇の連鎖を断ち切る為に。
アメリカ本国からの観光客に次ぐ2位の旅行者数の日本人。もっともっと皆足を運ぶべきである。
アリゾナから漂流し続けている血と涙の重油がとても虚しい。

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