親不知 時局

3月に書いたが親不知の最終章の猛激戦を小生は殊勲敢闘し無事生還致しました。やっと気分が向上致しました。

前回は上歯のメス切開抜歯で比較的というか術後の痛みも殆ど無く平穏そのものでありました。

だが、その後の検診にて下歯にも懸念される親不知があり、少し炎症が見られるとの事が判明。今抜かなくても大丈夫やもしれないが、後々痛くなる可能性も大との前回執刀医の助言がありました為、「やっちゃってくらふぁい」と勢いにのり大言を吐いてしまった。

勿論今回もナイトメス切開打倒執刀であります。時は平成21年4月17日『ハローワークの日』であります。前回は損害軽微であった為、本戦にも心底油断しておりました。

これが苦難の道の序章でありました。

辣腕口腔外科軍医殿は何の躊躇もなく、ぶっすりと極太のヒロポン4号を3本程、歯茎に注射をし、第二次大戦の戦端が開かれました。

戦闘は予想を超越した激戦でありました。顎の骨が粉骨された?のではと思う程のメリケンサックな響きが脳内メーカーを駆け巡り、断末魔の叫びを上げたくとも、上げる事さえ出来ない、救援部隊が来ないソマリアに墜落していく「ブラックホーク」そのものであります。ただ虚しく脳裏にスレイヤーがずっとこだまするのみ。

数々の修羅場で執刀をした軍医も、我下歯の根絶には時間を要し、途中から歯を半分切除という大英断を断行し、30分強の激闘の末何とか、無事戦闘は終了しました。

痛みは麻酔が効いているせいでしょうか。ありません。が、残像の響きが顎に雷鳴したまま帰途へ。

さあ本当の死闘が始まりました。今まで親不知を抜いたら「ボッコリ腫れた」とか痛くて飯何て食えたもんではないと散々聞かされた事は、この事であったのです。
麻酔が切れた数時間後からの激痛とそれに伴う腫れには、ビビリました。頬と言うよりも口腔内の腫れは凄惨を極め、3日は流動食でありました。いやもうロキソニンなんて聞かないわ、熱は出るわで、戦場で放置された負傷兵そのものであります。夜は痛みで起き、発狂しまくりの日々を経てようやく、1週間後に片方で真っ当な食事が何とか可能になり、その後は徐々に痛みが失せていき、1ヶ月近く経ちやっと、痛みも完全に無くなった次第であります。

恐るべし下歯の親不知。まだ完全には両方で噛み切れる程のレベルには至ってはいないが、こうして祖国に復員出来て良かった。

親不知で困っている人はとにかく早めに抜くか切除した方が得策と見る。

やっと歯医者での戦闘が終結した。

大日本帝国万歳!

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